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2020年 2月 26日 [ イベント ]

No.946:凛とした空気の中、桃紅の水墨抽象画の世界に浸る

日本を代表する墨象作家、篠田桃紅に焦点をあてた展覧会「篠田桃紅 とどめ得ぬもの 墨のいろ 心のかたち」が富山県水墨美術館で開催されている<2020年3月22日(日)まで>。初期の作品から渡米を経て帰国後、そして近年までの作品、資料など60点余りを展示。

●緊張感を保ちながら面を構成する墨の線に魅了

 篠田桃紅(1913~)は、文字のかたちにとらわれない水墨抽象画という独自のスタイルを確立し、現在まで常に新しい表現に挑戦し続けてきた墨象作家。今年3月で107歳を迎えるが、独自の創造を探求する情熱は絶えない。自然や時代の変化の中に漂いうつろう、「とどめ得ぬもの」に寄り添い、そこに見出した一筋の「墨いろ」の線は、無限の広がりを感じさせるリズムを奏でる。「一瞬にして去る風の影、散る花、木の葉、人の生、この世の『とどめ得ないもの』への、私流の惜しみかた、それが私の作です」と語っている。


▲第1章では≪萩原朔太郎 詩≫
(1950~54年)(左)などを展示【左】
▲第3章≪熱望≫(2001年) (中央)【中央】
▲第4章の展示。金屏風は《豊》(右)、
銀屏風は《心》(中央)(ともに2010年)。
奥の横長作品(左):金は《一瞬》、
銀は《永劫》(ともに2012年)【右】

 本展では、第1章「文字を超えて(渡米以前) -1955」、第2章「渡米―新しいかたち 1956-60年代」、第3章「昇華する抽象 1970-80年代」、第4章「永劫と響き合う一瞬のかたち 1990年代以降」の4章立てで桃紅の創作の軌跡を紹介する。

 1913年3月、桃紅は父の頼治郎の勤務地、中国の大連に生まれた。翌年、父の転勤に伴い帰国、東京に住む。1919年、6歳の正月、書初めではじめて墨と筆を手にした桃紅は、父の手ほどきで書をはじめ、漢詩や和歌といった中国や日本の古典の素養を身に付けるようになる。東京府立第八女学校の師である下野雪堂に学んだ以外は独学で書を習得。1940年、初めての個展を銀座で開き、書作品を発表した。既存の書の枠に囚われない自由な表現作品を展示したが、書道新聞に「根無し草」と評され、自ら希求するものが書の枠組みから解放された墨のかたちであることを自覚する。

 1956年9月、文字を解体した旋律的な墨の線の作品を携えて単身渡米。ニューヨークを拠点に、ボストン、シカゴ、パリなどで個展を開催した。当時、ニューヨークでは抽象表現主義絵画が席巻し、ジャクソン・ポロックの「オール・オーヴァ―」絵画、ウィリアム・デ・クーニングの激しい筆使いの“アクション・ペインティングが世界中の美術界に衝撃を与えていた。桃紅の作品は現地で高い評価を受け、アートシーンを牽引した。

 70年代に入ると、エネルギッシュな筆さばきが影をひそめるかわりに、優美で繊細な美意識が研ぎ澄まされ、金地、銀地の大和絵に代表される物語性や、和歌や能のほのかな余情や幽玄の美が見られるようになる。朱の赤が画面に現れてくるのも70年代後半からである。

 90年代以降は、墨の濃淡、ぼかし、にじみ、重なりの中に無限の色を探り、面に墨のさまざまな表情を表現しようとする。余白も重要な位置を占め、白い和紙に引かれた墨によって余白の白は新たな表情を帯びていく。

 2000年代に入ると、金箔や銀箔、プラチナ箔の金地、銀地を背景にした作品が中心となる。一世紀におよぶ桃紅の道程は、墨、朱、金泥、銀泥という限られた色彩の中に深遠な世界を探り、昇華された一瞬を求め続ける営みである。

●リズムを奏でる墨の線


▲題字や装丁の仕事も紹介

 何点か作品を紹介しよう。≪山上のひととき≫(1952年)は中原中也、≪萩原朔太郎 詩≫(1950~54年)は萩原朔太郎の詩を題材にした作品。ちらし書きのような文字の配置にリズムが感じられる。書の領域を越え、絵画的な美しさがある。

 雪の文字を題材にした≪雪≫(1953年)や≪いざない≫(1953年)、≪水≫(1950-54年)など本展で展示中の7作はニューヨークで展示された作品の一部。現地の新聞に「文字を出発点とした伝統的な『書』から純粋な墨線の抽象へと展開した新しい「絵画」であり、大胆で質の高いものである」と評価された。

 朱の太い線を連続させた≪熱望≫(2001年)は、80年代を代表する構図による作品。縦に走る線を連続させて配置した構図は後にもたびたび制作され、本作品もその流れに連なる。下から上へと伸びる朱の線が、画面にリズムや運動感を生み出し、左端の一本の黒い線が、朱の持つ情熱的な性格をより一層強くさせつつ画面を引き締める。

 ≪豊≫(2010年)は、金地に銀泥で「豊」の文字を表現した6曲1隻。縦と横の太い線がリズムを奏でる。対となる≪心≫(2010年)は、銀地に朱で「心」と筆を走らせている。上皇様、上皇后様が岐阜現代美術館で桃紅の作品をご覧になったことへの、感謝の気持ちを表現した作品で、《豊》は上皇様を、《心》は上皇后様を想って制作したようだ。「文字は人の心の形を表す。心の動きを手に宿して線を引いた」と桃紅は語っている。

 ≪永劫≫と≪一瞬≫(2012年)は桃紅の白寿のときの作品。≪永劫≫では中央に垂直に下ろされた銀泥の線が「静」、≪一瞬≫では細い金泥の線が墨の太い線に閃光のごとく走り、静寂を破るような「動」を感じさせる。

 3月7日(土)には、講演会「篠田桃紅―墨のいろ と 心のかたち」<講師:宮崎香里氏(公益財団法人岐阜現代美術財団 岐阜現代美術館 シニア・キュレーター)>が開催される。映像ホールで14:00から(開場13:30)。申し込み不要、聴講無料。

 会期中、展示室内のホワイエで「私の前に道はなかった~篠田桃紅105歳の軌跡~」(テレビ信州制作・上映時間約25分)が映像上映されている。作品鑑賞の参考にもなるのでぜひチェックしてほしい。

 県水墨美術館では、「繊細で凛とした濃淡のある太い線、細い線、筆の動きを鑑賞し、桃紅の息づかいを感じ取ってください」と話している。

問合せ
●富山県水墨美術館
TEL.076-431-3719
FAX.076-431-3720
http://www.pref.toyama.jp/branches/3044/3044.htm

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