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2019年 5月 15日 [ イベント ]
No.907:インスタ映えする空間で、春の立山曼荼羅特別公開展鑑賞へ
●「立山曼荼羅」と「青磁浮牡丹唐草文香炉」を展示
万葉の時代から「神々が宿る山」とされ、富士山、白山とともに「日本三霊山」として山岳信仰の対象になった立山。立山博物館のある芦峅寺はかつて立山信仰の拠点集落として隆盛を極めた。江戸時代中期、集落内には33の宿坊があり、阿弥陀如来像と不動明王像を祀る寺としての役割、立山への登拝者(禅定人)が宿泊する宿の役割、宿坊の衆徒とその家族が生活する住居としての役割を担い、33坊5社人で「一山」という集団を組織していた。坊家に生まれると剃髪をした後に修練し、目代から権少僧都(ごんのしょうそうづ)、大別当、阿闍梨、中老、上八人、一老などを経て、二老院主へと昇進した。上八人は長官八人衆と呼ばれ、衆徒8坊の中から最長老1名が「一山」の最高位「長官職」に就いた。
春の立山曼荼羅特別公開展「立山曼荼羅と芦峅寺長官」では、芦峅寺の衆徒らをまとめる長官役になった証として渡されたと伝わる「立山曼荼羅」と「青磁浮牡丹唐草文香炉」を展示し、“芦峅寺長官”について紹介している。
今回展示する「立山曼荼羅」は相真坊A本(内寸:136.0×203.0cm、個人蔵)。坊家の一つで「一山」の長官も務めた相真坊に現在伝わっている。相真坊運純が長官を務めたのは、「文化拾四丑年 長官様長帳」から、天保3年(1832)~嘉永元年(1848)の間ということがわかっている。しかし、それ以前や以後のことは、解明されていないことが多く、なぜ相真坊にこの「立山曼荼羅」が伝わったのかもよくわかっていない。なお、相真坊A本は現存する立山曼荼羅の中では唯一の五幅本で、幕末頃に描かれたと考えられている。極楽往生を願う女性たちを救うための宗教儀式「布橋灌頂会」を描いているが、布橋の上に女性の姿が見当たらないことや、「おんばさま」と呼ばれるうば尊を祀るうば堂にうば尊が描かれていないことなど、不可解な点がみられる。今後の研究の進展が待たれる立山曼荼羅だ。
「青磁浮牡丹唐草文香炉」(富山県指定有形文化財 口径:21.1㎝、高さ:14.1㎝、芦峅寺一山会蔵)は、室町時代に足利将軍から立山権現(立山の山岳信仰と修験道が融合した神仏習合の神)に寄進されたものと伝えられ、立山衆徒の間では最高の霊宝であった。中国浙江省の南宋龍泉窯焼成の砧青磁(きぬたせいじ)で、堂々とした風格が漂う。胴をめぐる浮牡丹草文も見どころだ。
このほか、「長官様長帳」(富山県指定有形文化財)も展示している。坊家の子らが芦峅寺の中宮寺に入官した時の記録で、江戸時代後期の長官とその時の入官者などが記されている。
●建築物としての見どころもある立山博物館
1991年に開館した立山博物館は、立山の自然と人間とのかかわりをテーマに掲げる「展示館」、映像資料で立山の自然と立山曼荼羅の世界を体感する映像ホール「遙望館」、立山曼荼羅の世界をオブジェやアートなどで体感する「まんだら遊苑」の3つの施設で構成されている。
今回の春の立山曼荼羅特別公開展「立山曼荼羅と芦峅寺長官」の会場となっている展示館は、世界的な建築家、磯崎新氏が設計を手掛けた。今年度から館内の撮影が一部許可され、来場者から「インスタ映えするスポット」として話題になっている。たとえば、螺旋状の階段が上部へと続く吹き抜けは、立山黒部アルペンルートの「雪の大谷」をイメージして設計され、ピラミッド型の天井から射し込む光が白い壁に反射し、幻想的な雰囲気を醸し出す。縦長のスリット窓も印象的だ。2階ホールの窓のサッシデザインは立山連峰を表しており、ガラス越しに芦峅寺の風景や立山山麓の山並みを眺望できる。
立山博物館では、「インスタ映えするモダンな建物の中で立山曼荼羅の世界に触れてみてはいかがでしょうか。また、令和元年6月2日(日)、かつての宿坊“教算坊”で青葉呈茶会を催します。美しい庭園を眺めながら、いにしえの時代に想いを馳せ、お茶やお菓子をお楽しみください」と話している。
- 問合せ
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●富山県[立山博物館]
TEL.076-481-1216
FAX.076-481-1144
http://www.pref.toyama.jp/branches/3043/3043.htm