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2012年 7月 11日 [ トピックス ]

No.564-2:立山地獄にぶるぶる! 立山曼荼羅と立山の伝説に触れる夏

富山県[立山博物館]では、現在「特別記念展観 立山曼荼羅 吉祥坊本」を開催中。名誉館長で文芸評論家の佐伯彰一さん(富山県出身)から立山曼荼羅「吉祥坊本」の寄贈を受け、同館常設展示室に特別コーナーを設けて展示を始めた。また、立山の若手山岳ガイドと富山大大学院生が「立山曼荼羅」のオリジナル現代版を制作。日本画家が描いた漫画本『立山縁起絵巻』も話題になっている。今夏、立山曼荼羅や立山の伝説に触れ、大自然に抱かれてみよう――。

▲立山曼荼羅・吉祥坊本

●第一級の価値を持つ立山曼荼羅・吉祥坊本、特別展示

 今夏、立山曼荼羅や立山の伝承に触れ、大自然に抱かれてみよう――。富山県[立山博物館]では、現在「特別記念展観 立山曼荼羅 吉祥坊本」を開催中。名誉館長で文芸評論家の佐伯彰一さん(富山県出身)から「研究に役立ててほしい」と、立山曼荼羅「吉祥坊本」の寄贈を受け、同館常設展示室に特別コーナーを設けて展示を始めた。

 立山曼荼羅とは、平安時代末期から江戸時代にかけて山岳信仰の一つとして注目を集めた「立山信仰」の世界観が凝縮した掛軸式絵画。立山の山岳景観を背景に、閻魔大王や鬼などの立山地獄、佐伯有頼の立山開山縁起、阿弥陀三尊の来迎の様子、女人救済儀礼・布橋灌頂会の様子などが描かれている。立山山麓の芦峅寺や岩峅寺の宿坊の衆徒は、江戸時代から昭和初期まで、立山曼荼羅を携えて全国を回り、人々に立山開山の由来や、立山地獄などの絵解きを行って、立山信仰を広めていった。現在、「吉祥坊本」など49点が確認されている。

 佐伯彰一さんの先祖は芦峅寺で宿坊「吉祥坊」を営んでいた。「吉祥坊本」(絹本4幅、内寸:縦128.5cm×横147.0cm)は、生家である宿坊に伝わってきた立山曼荼羅。仁孝天皇の第八皇女として生まれ、江戸幕府第14代将軍徳川家茂の正室となった和宮とかかわりがあり、和宮の法号「静寛院」にちなんで「静寛院本」とも称されている。慶応2年(1866)に吉祥坊と師檀関係を結んでいた江戸幕府老中の本多忠民(三河国岡崎藩主)が同坊に寄進した。同年7月、第二次長州征伐で大坂城まで出陣していた将軍家茂が城中で急死(享年21歳)。そこで、忠民が、夫・家茂を亡くした和宮に対し、作品への布施といった形で家茂の追善供養をもちかけたものと推察され、作品の表の上部には和宮の寄付を示す識札、裏には家茂と和宮の法号を記した2枚の識札が、施主の代表者としての扱いで張り込まれている。「吉祥坊本」は、立山信仰が江戸城・大奥や幕府中枢にまで深く入り込んでいたことをうかがわせる史料として、現存する立山曼荼羅の中でも第一級の価値を持つ。展示は、関連史料とともに9月中旬までの予定。貴重な立山曼荼羅を鑑賞できる絶好の機会。ぜひ、今夏は立山博物館へ。

●新「立山曼荼羅」で伝える立山の魅力

 立山黒部アルペンルートを訪れる観光客らに立山信仰や伝承、立山の魅力などをわかりやすく紹介しようと、立山の若手山岳ガイド・佐伯知彦さん(立山自然保護センター勤務)と富山大大学院芸術文化学研究科2年・多智彩乃さんが、立山曼荼羅のオリジナル現代版を制作した。7月7日、立山・室堂の立山自然保護センターと立山山麓の大山農山村交流センターで開かれた講演会でお披露目され、佐伯さんがかつての信仰登山の案内人「仲語(ちゅうご)」の姿で、完成した曼荼羅を使って立山信仰や歴史、自然などについて説明した。ちなみに佐伯さんは、宇治長次郎さんと並んで名案内人といわれた「初代・平蔵」こと佐伯平蔵さんのひ孫に当たる。

 新「立山曼荼羅」は2枚1組で、各縦82cm、横51cm。佐伯さんが全体的な構図を考え、多智さんが描画を担当した。立山博物館が所蔵する立山曼荼羅を参考に、学芸員からアドバイスも受けた。既存の立山曼荼羅に描かれた立山開山縁起、立山禅定、立山地獄、立山浄土、布橋灌頂会の様子を踏襲。“生前の悪事が映る”とされる閻魔大王の「浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)」、阿鼻地獄・焦熱地獄など、おどろおどろしい立山地獄、今年7月ラムサール条約湿地に登録された弥陀ヶ原などを丁寧に描いた。また、弘法大師の念仏によって湧き水が出たとされる「弘法の清水」など、これまで描かれなかった伝説なども盛り込んだ。「仲語」の姿の佐伯さんや、立山に登る多智さん、愛らしいライチョウも描き込まれている。

 多智さんは「五箇山和紙を用いて水彩絵具で描いた。現世で悪い行いをしたら、立山地獄でどんな報いを受けるのだろうと、恐ろしく思いながら筆を運んだ。阿弥陀如来と聖衆たちの来迎の場面や布橋灌頂会の場面では、たくさんの顔、異なった表情を描くのが大変だった」、佐伯さんは「制作した立山曼荼羅を使って、立山の魅力を全国の方に紹介していきたい。現在、山岳観光地の立山は、かつて『六根清浄』と唱え、自身の心と向き合って登る信仰の山だった。『六根清浄』を現代的に言えば、“心身のリフレッシュ”。立山の雄大な自然は、今も昔も人の心を癒す空間だ。立山は“眺めて良し、登ってなお良し、歴史・文化にふれてさらに良し”。日常のストレスで疲れた心身を癒しに、ぜひ立山へ来てほしい」と話している。

●立山曼荼羅の世界を漫画に、『立山縁起絵巻――有頼と十の物語』

 立山曼荼羅に描かれた立山の開山伝説を親しみやすい物語として漫画で表現した作品が『立山縁起絵巻―有頼と十の物語―』(桂書房刊)。作者は、立山曼荼羅を題材にした作品を描く日本画家の米田昌功さん。日本画の制作・発表に取り組む一方、立山曼荼羅の継承や、アールブリュット(生の芸術)の啓蒙にも取り組み、知的障害をもつアーティストの制作支援に当たっている。

 『立山縁起絵巻』は10章からなる。越中国守・佐伯有若の息子・有頼が白鷹を追って山中に入り、立山を開山した伝説を中心に、布橋灌頂会やおんば神、因果応報、謡曲「善知鳥」などの話を織り交ぜた。ピュアで清廉な少年として語られることの多い有頼を、虚無感を抱き、無益な殺生に明け暮れている人物に仕立てた点が印象的。また、有頼を想う「伏姫」という架空の女性を登場させ、有頼を励ますなど独自の解釈を加え、ファンタジックな世界を構築した。有頼を追って女人禁制の立山へ足を踏み入れた伏姫の運命に心も痛む。“布橋灌頂の章”では、尾張から長い巡礼の道を一歩一歩踏みしめて進み、呉羽山を越え、神通川に架かる舟橋を渡り、芦峅寺まで旅した女性信者を登場させるなど、既存の立山曼荼羅にはないシーンも描かれている。

 史実からすると、有頼と伏姫の悲恋は驚きの展開だが、米田さんは「なぜ立山に登拝する人が絶えなかったのか、人を魅きつける立山の魅力はなんだろうと考え、立山や立山信仰への自分なりの思いを盛り込んだ」という。なぜなら、立山信仰の本質の1つは、女性救済にあると考えており、巫女や観音としての力を内包する女性が物語を支えることが必要だったという。作品の中でも「日本に数限りなく山あれど、おなごを救うのは立山だけ」、「立山の阿弥陀様はほんとに慈悲深い」という吹き出しを入れている。

 『立山縁起絵巻』では「鏡」が要所に描かれている。有頼や伏姫の進むべき道を示したり、行く末を見届けたり、最後には、“極楽も地獄もその身に包み込み、屏風のように広がる立山は、さながらこの世を映す鏡のようである”とまとめている。人の世や心を見つめ、映し出し、なお泰然とそびえる立山は女性の象徴のよう。『立山縁起絵巻』を読んでいると、母性に満ちた優しい山を眺めたくなる――。『立山縁起絵巻』はA5判、191頁。税込み1,260円、地方小出版流通センター扱い。

 米田さんは、「平成17年夏から1年間、文化庁の在外研修員としてネパールに滞在していたときに描いた日本画作品『立山曼荼羅 平成本』が、上市町の西田美術館で常設展示されている。こちらもご覧いただければ、幸いだ」と話している。

▲立山曼荼羅のオリジナル現代版を制作した佐伯知彦さん(右)と多智彩乃さん▲『立山縁起絵巻―有頼と十の物語―』(米田昌功著)


問い合わせ
「特別記念展観 立山曼荼羅 吉祥坊本」について
●富山県[立山博物館]
TEL.076-481-1216
FAX.076-481-1144
http://www.pref.toyama.jp/branches/3043/3043.htm

「立山曼荼羅のオリジナル現代版」について
●立山自然保護センター(担当:佐伯知彦)
TEL.076-463-5401
FAX.076-463-5405
http://www.k4.dion.ne.jp/~tshizen/

『立山縁起絵巻―有頼と十の物語―』の販売について
●桂書房
TEL.076-434-4600
FAX.076-434-4617
http://www.katsurabook.com/

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